「業者に頼めばいい」という意見
先日、友達と終活の話をしていたときのことです。
私は、年老いて体が思うように動かなくなったり、いつかこの世を去るときに、残された人たちに荷物の多さで迷惑をかけたくない。だから今のうちから、少しずつモノを減らしていきたいーそう話しました。
すると友達は、こう言いました。
「業者に頼めばいいじゃん。費用ぶんのお金を遺しておけば済む話でしょ」
実は彼女も、私と似た境遇で実子がいません。将来、自分のモノを片付けるのは甥や姪です。そのうえで彼女が出した結論が「業者に頼めばいい」でした。残された側に伝えるのは「全部処分して」の一言だけ。あとは、その通りに業者へ依頼するだけで済む、という考え方です。
たしかに、それも一つの選択
一瞬、「それも一理あるな」と思いました。
整理や処分の作業には、かなりの時間と体力が必要です。プロに任せれば確実だし早い。お金で解決できる部分があるなら、それに越したことはありません。実際、私自身も、最終的にはきっと業者の手を借りることになると思っています。
それに、自分が手に取れば「これ、捨てていいのかな」と迷うモノでも、残された側には、そうした思い出の縛りがありません。「はい、捨てる」で片付けられるものも多いはずです。だからこそ、友達の理屈にも筋が通っているのです。
でも、なんとなく納得できない部分があって、その場ではうまく言葉が出てきませんでした。
業者に頼めるのは「作業」だけ
何が引っかかっていたのか、考えてみて気づいたことがあります。それは、「判断」と「作業」は、まったく別のものだということです。
業者にできるのは、モノを物理的に運んだり処分したりする「作業」だけです。これは残すべきか、これは手放していいのかーそうした判断は、業者にはできません。業者にできるのは、誰かが下した判断を、そのまま実行するだけなのです。
友達のやり方は、最初から「廃棄」という答えが決まっているので、個々のモノについて迷う必要がありません。だからこそ「業者に全部頼めばいい」という結論になる。それ自体は、決して間違っていないと思います。
私が手放す前に確かめたいこと
私の場合は少し違います。できるところまでは、自分の手で整理しておきたいと思っています。
私は、迷いながらも、少しずつ減らしています。
「捨てられない」というより、「雑に処理したくない」に近い感覚なのかもしれません。
甥や姪には、その頃にはきっと自分の家庭があるはずです。自分の親のことだけでも大変なのに、本来背負わなくてもいい「叔母の持ち物」まで、判断と作業の両方を担わせたくないからです。
残すのは判断の跡、頼むのは作業だけ
私も友達も、最後は業者に頼ることになります。ただ私は、その前に自分で判断しておきたいと思っています。
友達は、「残っているものを全部処分してください」と業者に頼む考え方です。
私は、自分で整理した後に残ったものだけを、最後に処分してもらいたいと思っています。
金目のものなら、誰だって喜んで整理してくれるでしょう。私の持ち物の大半は、たぶんガラクタです。役に立たないものだけど、量だけはやたら多い。だからこそ、今のうちに少しずつ減らしています。放っておいたら、誰も喜んでやってくれない作業だからこそ、今、自分の手でやっておく意味があると思っています。
まとめ:できるところまでは、自分の手で
処分そのものは、プロに任せた方が確実なのだと思います。
でも、業者に頼めるのは「作業」だけ。「これは何だったか」を確認して、「もう手放していい」と納得する「判断」の部分は、誰にも代わってもらえません。
だからこそ、少なくとも自分でできるところまでは、自分の手で整理していきたいと思っています。


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